松本市・安曇野市の不動産のことなら、光和不動産

“でいだらぼっち”
・・・日本各地で伝承される巨人。
各地の民話や昔話では山・湖・沼を作ったという伝承が多く、元々は巨人信仰が国づくりの神に対する信仰で生んだものと考えられている。
「でいだらぼっち」「だいだらぼっち」「だいだらぼう」「でいらんぼう」「だいらぼう」「おおきいぼっちゃん」「タイタンボウ」等と数多くの名称がある。

あらすじ

昔々、遠い昔、信州の浅間山の辺りに当方もなく大きい男がいました。名をでいだらぼっちでいらん坊といいました。
ある日、でいらん坊が碓氷峠に腰かけて暖かい日差しを浴びながら昼寝をしていると、何かが足をかじりました。
「誰だ?俺の足をかじるのは?」
それは慌て者のイノシシ達が、でいらん坊の足の指を山芋と間違えてかじっていたのです。

「せっかくいい気持ちで寝ていたのに・・・・・・。ちょうどいい。腹もすいたところだ。イノシシ汁にしてくれよう」
でいらん坊は、矢ケ崎山のかまど岩に鍋をかけて、千曲川から水を汲み、浅間山の火を点けて猪汁を作りました。おいしそうにでき上がったイノシシ汁を、軽井沢のはなれ山にでも腰かけて食べようと、鍋を持ち上げました。ところが、足を滑らせてイノシシ汁を全部こぼしてしまったのです。
それからのちに、この辺りでは、今もイノシシ汁の塩辛い水が噴き出すといわれています。

またある時、でいらん坊は、始終火柱を上げて噴火をしながら大きくなろうとしている浅間山を見て聞きました。
「おい、浅間山よ。お前ばかりそんなにでっかくなってどうするつもりじゃ?」
浅間山は、答えぬ変わりに体をゆすって激しく噴火します。
でいらん坊は、隣で雲をかぶって静かに眠っている八ヶ岳を大きくしようと思いました。
「よぉし。それなら俺は、八ヶ岳を大きくする。お前とどちらが高くできるのか競争だ」
こうしてでいらん坊は、辺りの土をかき集めて八ヶ岳の上に載せていきました。ところが、たくさんの土を載せられた八ヶ岳は、
「頭が重てぇよ~。頭が重てぇよ~」
と、悲鳴を上げるのです。
それを聞いた浅間山は煙を吹いて笑ったので、でいらん坊は腹が立ちました。
「ええい!そんなら頭を軽くしてくれるわ!」
でいらん坊は八ヶ岳の上に載せた土を崩してしまいました。
それで、八ヶ岳はでこぼこの頭になってしまったそうです。
それを見て妹の妹の蓼科山(たてしなやま)が、
「兄さんがかわいそう・・・」
といって、しくしく泣き出すのです。
でいらん坊は、少しおどかして泣き止ませようと、蓼科山を持ち上げました。これが意外に重く、でいらん坊の足は柔らかい地面にめり込んでしまいました。でいらん坊は、驚いて泣き止んだ蓼科山をそっと下してやりました。
でいらん坊が足でへこませた跡には水がたまって双子の池ができました。

この頃、千曲川のほとり、小県の塩田平や佐久の小海辺りはまだ海だったので、鮭の大群が川を上ってきました。やがてこれらの獲物を求めて、岸辺には人間が住むようになりました。
人間達は、海の魚や山の獲物を獲って暮らしていましたが、人の数が増えすぎて食べる物がなくなって争うようになったのです。
これにはでいらん坊も呆れましたが、なんとかしないとうるさくてかなわんと思うので、人間達の為に土地を作ってやることにしました。
「おおい、人間ども!よおく聞け!俺がこれからひろーい土地を作ってやるで、お前達はそこで畑を作るがいい!つまらんケンカ等やめて、自分達の食うものは自分達で作れ!」
でいらん坊は海に降りると、岩鼻と半過の間の崖を切り崩しながら、海の水を北へ押し流していきました。
こうして佐久平と塩田平ができて、人間達は大喜びでその豊かな土地に米や麦を作って暮らし始めました。
それから人々は、でいらん坊のことを“大きいぼっちゃん”といって崇めるようになったそうです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です